ECサイト売買で仕入先が消える理由

ECサイト売買で仕入先が消える理由
ECの粗利を支える掛け率・優先出荷・支払サイトの多くは取引基本契約書に明文がなく、前オーナー個人の信用の上に成立している。事業譲渡で契約を承継し相手方の承諾を得ても、基本契約は個別発注の成立義務までは定めないため、仕入先はオーナー交代を機に条件を見直すことも、取引そのものを断ることもできる。買い手は仕入先の集中度と掛け率の根拠を書面で辿り、売り手は売却前に条件を書面化して、関係を引き継げる形へ翻訳しておく必要がある。

EC事業のM&Aには、譲渡から数ヶ月経ってから静かに壊れ始めるという、独特のこわさがあります。売上は落ちていない。アクセスも落ちていない。注文数もほぼ横ばい。それなのに、月次を締めてみると営業利益だけが消えている。原因を追っていくと、たどり着くのはいつも同じ場所で、仕入原価が上がっているという一行です。

買い手は何も間違えていません。デューデリジェンスで決算書も見た、在庫も数えた、取引基本契約書も読んだ。書面上、仕入先との契約はきちんと承継されています。それでも、掛け率が変わっている。優先的に回してもらえていたはずの人気商品が回ってこない。返品の融通が利かなくなっている。

この現象は、担当者の意地悪でも、買い手のミスでもありません。EC事業という資産の構造そのものに、最初から埋め込まれている性質です。この記事では、ECサイトの売買において仕入先との関係がなぜ引き継げないのか、そして在庫とプラットフォームがどう価格の前提を揺らすのかを、実務の順序で解いていきます。

ECの粗利を作っているのは、契約書ではなく「関係」です

ECの粗利を作っているのは、契約書ではなく「関係」です

まず、EC事業の利益がどこから出ているのかを冷静に分解してみます。売上はサイトが作ります。集客はSEOと広告が作ります。ここまでは買い手が引き継げる部分です。では粗利はどこから出ているかというと、仕入条件から出ています。そして仕入条件というのは、次のような要素の束です。

  • 掛け率(同じ商品を他社より何パーセント安く仕入れられるか)
  • 優先出荷(品薄の人気商品を、どの取引先に先に回してもらえるか)
  • 独占的な取り扱い(そのエリア・そのチャネルで扱えるのが自分だけという状態)
  • 支払サイト(月末締め翌々月払いのような、実質的な無利子融資)
  • 返品・在庫調整の融通(売れ残りを引き取ってもらえるか、次回発注と相殺できるか)
  • 最低発注数量の緩和(小ロットで試させてもらえるか)

ここで、実際に取引基本契約書を開いてみてください。上に挙げた6つのうち、いくつが明文で書かれているでしょうか。多くの現場では、書かれているのは支払サイトくらいです。掛け率は「別途協議のうえ個別契約で定める」と書いてあり、優先出荷は書いていない。独占的な取り扱いは口約束で、返品の融通は「毎回相談に乗ってもらっている」という慣行です。

つまり、EC事業の粗利を支えている条件のほとんどは、契約書ではなく人の信用の上に乗っています。前オーナーが10年かけて、支払を一度も遅らせず、無茶な返品を頼まず、担当者の異動のたびに挨拶に行き、飲みに行って、時には相手の在庫を助けるために赤字で引き取ったりして積み上げてきたもの。それが掛け率という数字になって決算書に現れている。

そして決算書には、その来歴が一切書かれていません。粗利率38パーセントという数字だけが残ります。買い手はその38という数字を見て、これが継続すると仮定して値段をつけます(そう仮定する以外に、値段のつけようがないからです)。

仕入先には、取引を続ける義務がありません

仕入先には、取引を続ける義務がありません

ここが、この記事でもっとも伝えたい一点です。

事業譲渡でECサイトを買うとき、譲渡対象資産の一覧には「取引先との契約」が含まれます。買い手はそれを見て、仕入先との関係は引き継げるものだと理解します。ここに二段構えの落とし穴があります。

第一段: 契約の承継そのものに、相手の承諾が要る

事業譲渡は、資産や契約を個別に移す取引です。契約上の地位を移転するには、原則として契約の相手方の承諾が必要になります。売り手と買い手の二者だけで合意しても、仕入先がうなずかなければ、その契約は動きません。

これは法律の話なので、実務では「承諾書をもらう」という作業として処理されます。ここまでは、真面目な仲介や弁護士が入っていれば、きちんと片付きます。問題は次です。

第二段: 承諾をもらっても、発注に応じる義務は生まれない

継続的な仕入取引は、たいてい二階建てになっています。一階が取引基本契約で、支払条件・検収・瑕疵・秘密保持といった枠組みを定める。二階が個別契約で、今月このSKUを何個、いくらで、というのを都度決める。

そして、取引基本契約は、個別契約を成立させる義務までは通常定めていません。基本契約は「取引をするならこのルールでやりましょう」という約束であって、「毎月必ず売ってあげます」という約束ではないのです。

この構造が意味するのは、こういうことです。仕入先は、契約の承継に気持ちよく承諾したうえで、翌月の発注に対して「今回は在庫の都合で厳しいです」と答えることができる。契約違反にはなりません。あるいは承諾したうえで、「新体制になりましたので、掛け率は改めて見直させてください」と言うこともできる。これも契約違反ではありません。個別条件は個別契約で決めると、基本契約自身がそう書いてあるからです。

買い手が手にしたのは、取引を続けてもらえる権利ではなく、取引を申し込める立場です。この差は、契約書を何回読んでも見えてきません。契約書に書かれていないものが失われるので、契約書を読んでも気づけないという構造になっています。

オーナーが変わった瞬間、条件は再交渉のテーブルに載ります

オーナーが変わった瞬間、条件は再交渉のテーブルに載ります

ここで視点を変えて、仕入先の側から見てみます。彼らを悪者にすると本質を見誤るので、彼らの合理性を追ってみてください。

仕入先の担当者にとって、あの掛け率は「特別扱い」でした。稟議を通すために社内で説明した理由があるはずです。「あそこは10年間支払遅延ゼロです」「無理な返品を言ってこない」「うちの新商品を最初に売ってくれる」「あの社長は業界の集まりでうちの商品を推してくれる」。その理由の主語は、全部前オーナー個人です。

その主語が入れ替わったとき、担当者は稟議を維持できません。維持するには、新しい理由を作らなければならない。しかし新しい買い手には、まだ実績がゼロです。ここで起きるのが、次の3つです。

1. 与信の巻き戻し

新しい法人には取引実績がありません。それまで月末締め翌々月払いだった条件が、前払いや現金決済に戻されることがあります。これは意地悪ではなく、与信管理として当たり前の判断です。

ただ、EC事業にとってこれは静かな爆弾です。支払サイトが2ヶ月から0ヶ月になるということは、2ヶ月分の仕入代金が、ある日いきなり運転資金として必要になるということです。月商3,000万円・原価率60パーセントの事業なら、3,600万円のキャッシュが突然要る計算になります。買収資金を出し切った直後の買い手に、その体力があるでしょうか。

そして残酷なことに、この事故は損益計算書には一行も現れません。粗利率は変わっていない。売上も落ちていない。それでも資金が回らなくなって、発注を絞り、欠品が増え、そこから売上が落ち始めます。

2. 掛け率の見直し

もっとも頻度が高いのがこれです。「消える」より「上がる」の方がずっと多い。そして、上がり幅は小さくても致命的になります。

仮に月商3,000万円、粗利率38パーセント、販管費が月1,000万円の事業を考えます。営業利益は月140万円です。ここで掛け率が3ポイント悪化して粗利率が35パーセントになると、粗利は1,140万円から1,050万円へ。営業利益は140万円から50万円へ、3分の1近くまで落ちます。仕入先から見れば「3パーセントだけ調整させてください」という穏当な話が、買い手から見れば利益の3分の2の消滅です。

粗利率の高いEC事業ほど、この感度は高くなります。薄利多売のモデルなら、1ポイントで赤字に転落することもあります。

3. 独占・優先の解除

もっとも見えづらいのがこれです。「このエリアではおたくだけ」「このチャネルではおたくだけ」という取り扱いは、書面になっていないことが多く、失われても誰も通知してきません。ある日、競合サイトに同じ商品が並んでいるのを見て気づきます。

買い手が同ジャンルの別サイトをすでに運営している場合は、さらに事情が複雑になります。仕入先から見ると、自分の商品が買い手のポートフォリオの中でどう扱われるか分からない。カニバる可能性がある。だったら独占を外して、他にも流したほうが売上は伸びる。これも、彼らの立場では完全に合理的な判断です。

在庫は「金額」であって「売れるもの」ではありません

在庫は「金額」であって「売れるもの」ではありません

仕入先の話から少し足を伸ばして、EC特有のもう一つの前提を見ておきます。在庫です。

貸借対照表に載っている在庫は、金額です。その金額が「来月売れる商品」なのか「3年前から動いていない型落ち品」なのかは、数字の上では区別がつきません。IMに記載された在庫評価額をそのまま資産として引き受けると、買い手は動かない在庫まで定価で買うことになります。

DDで最低限見ておきたいのは、次の3つです。

  • SKUごとの在庫回転日数: 全体の平均は無意味です。上位20パーセントのSKUが平均を作り、残りが死んでいるという分布はごく普通にあります
  • 滞留在庫の年齢分布: 仕入日ベースで、90日・180日・365日超がそれぞれ金額の何パーセントかを出す。365日超が積み上がっている事業は、その分だけ在庫評価額を割り引いて考えるのが現実的です
  • 季節在庫が今どの位置にあるか: 引き渡し日が、仕入れの山の前なのか後なのか。これで買い手が背負う運転資本がまるで変わります

3つ目は特に注意が必要です。季節性のあるEC(アパレル、季節家電、ギフト、受験・年賀・イベント関連など)では、仕入れて在庫を積む時期と、売れて現金が戻る時期に数ヶ月のズレがあります。在庫を積みきった直後に引き渡された買い手は、その在庫を売り切るまで数ヶ月間キャッシュが出ていく一方になります。売り手が意図していなくても、この時期を選んで譲渡すると、実質的に運転資本の谷を買い手に押し付けたことになります。

逆に、季節が終わって在庫が薄い状態で引き渡されると、買い手は次のシーズンの仕入資金を自分で用意する必要があります。どちらの側に転んでも、譲渡価格の話とは別に、数千万円規模の資金計画が動く。ここを詰めずに「在庫は簿価で引き取り」とだけ決めてしまうと、あとで揉めます。

あわせて、貸借対照表に現れにくい負債も確認しておいてください。前受金(発送前の受注残)、ポイント引当、返品引当、送料の未計上分。ECは「売れてから届くまで」の間に会計上の空白があり、そこに小さな負債が溜まります。

プラットフォームの評価は、資産として買えません

プラットフォームの評価は、資産として買えません

EC事業のもう一つの柱は、出店しているモール上の評価です。レビューの星、出店年数、ショップ・オブ・ザ・イヤー的な受賞歴、モール内検索での順位、優良店舗としてのバッジ。これらは売上に直結していて、しかも新規参入では絶対に買えない資産です。

問題は、これらの評価がアカウントに紐づいており、アカウントは多くの場合そのまま譲渡できないことです。法人格そのものを買う株式譲渡ならアカウントは会社に付いてきますが、事業譲渡でサイトだけを買うと、モールのアカウントは移せず、買い手のアカウントで新規に出店し直すことになります。その瞬間、レビューも出店年数も順位もゼロに戻ります。

各モールの規約は改定されるうえ、個別の事情で例外的な扱いを受けられることもあるため、「たぶん移せる」で進めず、必ず事前にモール側へ確認を取るのが唯一の正解です。ここはアカウント名義の問題として、どのプラットフォーム事業にも共通して現れる論点です。

自社ECの場合はモールの制約から自由ですが、代わりに決済が引っかかります。事業者の実体が変われば、Stripeをはじめとする決済事業者の本人確認をやり直すことになり、審査が終わるまで入金が止まる可能性があります。EC事業で入金が数週間止まると、仕入代金の支払と噛み合わなくなって、そのまま資金ショートに向かいます。売上が立っているのに現金がない、という最悪の形です。

買い手が見るべき5つのこと

買い手が見るべき5つのこと

ここまでの構造を踏まえると、ECの技術的DDやSEOのDDより先に、確認すべきことがはっきりします。サイトが動くかどうかより、仕入が続くかどうかの方が、事業の生死に直結しているからです。

1. 仕入先の集中度を出す

上位5社で粗利の何パーセントを作っているかを計算します。1社で粗利の40パーセントを作っている事業は、その1社の意向で価値が半分になります。集中度は、そのまま価格の割引率として交渉に持ち込むべき数字です。

2. 掛け率の根拠を書面で辿る

「なぜこの掛け率なのか」を、契約書・発注書・見積書のどこかで説明できるかを確認します。どこにも書いていない場合、それは書面ではなく関係で決まっているという証拠です。悪いことではありませんが、引き継げないものだと理解したうえで値段をつける必要があります。

3. 承諾書ではなく「継続意思」を確認する

ここが実務の肝です。契約承継の承諾書は、法律上の手続きであって、経済条件の保証ではありません。取りたいのは「現行の掛け率・支払サイト・優先出荷を、新体制でも当面維持する」という、条件に踏み込んだ確認です。

形式は状況によりますが、少なくとも主要な仕入先へのヒアリングを、クロージング前の条件として売り手に飲んでもらうのが望ましい。売り手は「取引先に知られたくない」と嫌がりますし、その気持ちには正当性もあります(破談になったときに関係が気まずくなるからです)。だからこそ、独占交渉権と守秘義務をセットにして、最終盤の限定された相手にだけ行う設計にします。

4. チェンジオブコントロール条項を探す

株式譲渡で買う場合でも安心はできません。仕入契約に「支配権が変動した場合、相手方は契約を解除できる」という条項が入っていることがあります。この条項があると、株式譲渡でアカウントごと買ったのに、仕入契約だけが切れるという事態が起こり得ます。

5. 引き渡し後の条件変更を、価格調整の対象にする

クロージング後の一定期間内に主要仕入先の条件が悪化した場合の扱いを、契約で決めておきます。アーンアウトの形にするのか、価格調整条項にするのか、あるいは売り手に一定期間の関係維持の努力義務を負わせるのか。揉めてから決めるのが一番高くつきます

売り手がやるべきことは、関係を手順に翻訳することです

売り手がやるべきことは、関係を手順に翻訳することです

ここまでを読んで、売り手の方は不安になったかもしれません。しかし構造を理解すれば、やることは明確です。

売り手にとって、仕入先との関係は資産です。ただし、そのままでは値段のつかない資産です。買い手は引き継げないものにお金を払えないので、関係が属人的であればあるほど、その分は査定から落ちます。皮肉なことに、素晴らしい関係を築いている売り手ほど、その価値を換金できないという事態になります。

だとすれば、売却を考え始めた時点でやるべきことは一つで、関係を、引き継げる形に翻訳しておくことです。

  • 条件を書面化する: 今からでも遅くありません。次回の契約更新のタイミングで、掛け率・最低発注数量・返品条件を覚書に落とす。「いつも通りで」と口頭で済ませてきたものを、一度だけ紙にする作業です
  • 担当者を複線化する: 社長と先方の部長だけで回っている関係を、実務担当者レベルでも繋いでおく。属人性を薄めるほど、承継可能性は上がります
  • 集中度を下げる: 1社依存は、売却の1年前から着手すれば緩和できます。同等品の代替調達先を1社確保しておくだけで、買い手のリスク認識は大きく変わります
  • 伝える順序を設計する: 仕入先へいつ、誰が、どう伝えるか。買い手に丸投げすると、先方は「前の社長は何も言わずに売ったのか」と受け取ります。この第一印象が、その後の条件交渉の空気を決めてしまいます

最後の項目は、実は売り手にしかできない仕事です。買い手がどれだけ誠実でも、10年の付き合いがある相手に「これからもよろしく」と言えるのは前オーナーだけだからです。売却の直前にやると駆け込みに見えるので、遅くとも交渉の最終盤には設計を終えておきたいところです。

買えるのはサイトであって、関係ではありません

買えるのはサイトであって、関係ではありません

EC事業のM&Aで起きていることを一行にまとめると、こうなります。買い手はサイトを買ったつもりでいて、実は仕入先との関係を買ったつもりでいる。しかし関係は売り物ではない。

サイトは引き継げます。ドメインも、商品ページも、レビューも(モールでなければ)、顧客リストも、在庫も引き継げます。それらは全部、資産一覧に書けるものだからです。書けないのは、10年間支払を一度も遅らせなかったという事実が担当者の頭の中に作った信用であり、それこそが掛け率の正体でした。

だから買い手は、粗利率という数字を見るときに、その数字がどこから来たのかを一度だけ問うてほしい。「この38パーセントは、契約書に書いてありますか」と。書いてあれば買えます。書いていなければ、それは前オーナーの人柄の値段であり、代金を払っても手元には来ません。

そして売り手には、その人柄が正当に評価される形で売ってほしいと思います。長い時間をかけて積み上げた信用が、契約書に書かれていないというだけの理由で査定からこぼれ落ちるのは、あまりに惜しい。書面化は事務作業に見えますが、実際にやっているのは自分が築いたものに値札をつけられる状態にするという、極めて創造的な仕事です。

ECサイトの売買で仕入先が消えるのは、誰かが悪意を持っているからではありません。関係というものが、そもそも譲渡できない性質を持っているからです。だからこそ、消える前提で設計するしかない。そして設計してあれば、消えません。

仕入先との関係を引き継げる形に整理できたら、次は売却額の目安です。ECサイト売却の無料査定で、想定売却額のレンジを試算できます(登録不要)。

この記事の著者

黒沢 大輔

株式会社studio C 代表取締役

これまで4回の事業譲渡を実現。上場企業にてエンジニア、制作ディレクション、SEO事業立ち上げを歴任。副業で始めた複数の掲示板サイトを国内最大規模まで成長させて事業譲渡。日本のM&Aに透明性と精度をもたらすべく、デジタル事業のM&Aプラットフォーム『RIKKA M&A』を立ち上げ。